A.ホロヴィッツ/山田蘭(訳)『カササギ殺人事件』創元推理文庫

ネタバレ注意。

名探偵アティカス・ピュントシリーズの最終作「カササギ殺人事件」と、その失われた解決編、作者の死の謎をめぐる長編。

まさにランキング総なめでしたが、確かに充実した佳作でした。クリスティ・オマージュとして、イギリス黄金期本格の風情を湛えた作中作も、それと呼応した現代パートも、ミステリの愉しみに満ちている。推理やロジックは決定的なカタルシスを欠いているし、最大のインパクトがアナグラムに準拠していて、単体の本格ミステリとして俺はあまり高い点をつけられないけど、まあのめり込んで読みましたわ。

頻出して常に意識させられる、ミステリという文化に対する自己言及も印象深い。

ミステリとは、真実をめぐる物語である――それ以上のものでもないし、それ以下のものでもない。(中略)わたしたちの周囲には、つねに曖昧さ、どちらとも断じきれない危うさがあふれている。真実をはっきりと見きわめようと努力するうち、人生の半分はすぎていってしまうのだ。ようやくすべてが腑に落ちたと思えるのは、おそらくはもう死の床についているときだろう。そんな満ち足りた喜びを、ほとんどすべてのミステリは読者に与えてくれるのだ。
(下巻259p)

そんな素晴らしいものに人生捧げても、最後にはギリシャで陽光の下、ホテル経営に汗をかかなくてはならない、というアイロニィ。そんなことは家来に任せておけ、というわけにはいかないんだよな。

俺は死の床でも積読への未練に呻ってそうだけど。

評価はB-。