ネタバレ注意。
もちろん、他の春樹作品と変わりなく、描写もストーリィテリングも冴えているんだけど、没入の度合では一段落ちるように感じた。それが恋愛/男女関係方面であれ、あるいは戦争というファクタについてであれ、想像力がより悲劇性に振れていて、それに対して反射的な拒絶感が出てしまうのは読者としての自分のヌルさだとは思うけど、この作家の流麗で理知的なことでは右に出る者のない筆でそれをやられてしまうと、本当に逃げ場がない感じがして。
「どこかずっと遠くに、下品な島があるんです。名前はありません。名前をつけるほどの島でもないからです。とても下品なかたちをした下品な島です。そこには下品なかたちをした椰子の木がはえています。そしてその椰子の木は下品な匂いのする椰子の実をつけるんです。でもそこには下品な猿が住んでいて、その下品な匂いのする椰子の実を好んで食べます。そして下品な糞をするんです。その糞は地面に落ちて、下品な土壌を育て、その土壌に生えた下品な椰子の木をもっと下品にするんです。そういう循環なんですね」
僕はコーヒーの残りを飲んだ。
「僕はあなたを見ていて、その下品な島の話をふと思い出したんです」と僕は綿谷ノボルに言った。「僕の言いたいのは、こういうことなんです。ある種の下品さは、ある種の淀みは、ある種の暗部は、それ自体の力で、それ自体のサイクルでどんどん増殖していく。そしてあるポイントを過ぎると、それを止めることは誰にもできなくなってしまう。たとえ当事者が止めたいと思ってもです」
(第二部、63p)
そんな中で笠原メイという少女の存在感は、物語の中で一服の清涼感以上のものがある。特に《えへん。》(第三部、484p)の三文字は、クライマックスにおいて、それだけでこの物語を救っているようにさえ感じさせてくれるのだが。
…いや多分、萌えてるだけかな。
評価はB−。
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