矢作俊彦『ららら科學の子』文春文庫

ネタバレ一応注意。
この作家を読むのはずいぶん久しぶりです。
タイトルからして、『あ・じゃぱん!』みたいな壮大なSFかと思ってたのですが、全然違ってましたね。非常に落ち着いた、地味とさえ云える小説です。
全共闘の運動家だった主人公が文革末期の中国に渡り、そのまま農村に取り残される、で蛇頭を利用して帰国し、さらに出し抜いて逃げ隠れる、という発端は抜き出して書けばドラマティックですが、実際は抑制された筆致、「天然」的でさえある悠然とした主人公の造型によって、不思議にメルヘンチックな味わいになっています。
基本的には全共闘世代のノスタルジィを描いた小説だと思うけど、厭なナルシシズムがないんですよね。『スズキさんの休息と遍歴』なんて思い返せばよく似た傑作がありましたが、この作品もまた、メルヘン的に落とし込んで品良く表現されていると思います。妹との関係性の描き方がさすがの手腕。でも「少女」の処理はちょっと中途半端だったような…。
いい「小説」であるとは思いますが、個人的な嗜好に照らして云えばあまりにも「何も起こらな過ぎ」という印象はありました。頻出する映画のエピソードなど、同時代性が理解できない若い読者からしてみれば、ちょっと読み進めるのに辛い部分はありましたね。

作品の評価はB−。

ららら科學の子 (文春文庫)

ららら科學の子 (文春文庫)