松下竜一『松下竜一その仕事 14 檜の山のうたびと』河出書房新社

ネタバレ特になし。

隔離療養施設での闘病生活の中で歌作を行ったハンセン病歌人・伊藤保の評伝。

著者自身は思い入れのある作とのことだが、個人的には松下ノンフィクションの中では並だった。エゴイスティックな伊藤の性格と、宮本百合子の評に的確な歌作の人工性が好きになれず、没入を妨げた。それなら津田治子*1や田村史朗ら、より必然を宿したものに惹かれたな。

伊藤のうたでは相聞、《みぎひだり雪の吹きつくる方に我の移りて汝と副ひゆくなり》なんかがよかったけど、妻を詠んだふりして他の女性とのうただと思うと、そういう味わいは要らんと思ってしまう。そうした欺瞞…と言って悪ければ演劇性や、周囲の人との不協和は著者によって暴かれているけれど、年若の妻、病弱と貧困、社会運動に「歌」と、著者の持ち味である一途なシンパシィが炸裂する契機は大いにあるよなと思ってしまった…それが思い入れに繋がっているのではと。

そしてさらにそこに潜むものを暴き立てる山口泉の叢書解説、自身もハンセン病との関りがあってなお一層の容赦なさ。これ読んでから愛生園に行けばよかったな…。

評価はC+。

*1:《ただひとつ生きてなすべき希ひありて/主よみこころのままと祈らず》、信仰者のうたとしてこれ以上のものがあろうか。