森達也『放送禁止歌』光文社知恵の森文庫

ネタバレ注意。
某イベントでのビブリオバトル企画に参加することとなり、ネタ本として再読しました。
せっかくなので、以下原稿を引用。

皆さんこんにちは。

今回私がご紹介する本はこちら、森達也著、光文社知恵の森文庫刊、「放送禁止歌」です。
著者の森達也さんは、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、ドキュメンタリー映画の監督として第一線で活躍されている方です。
映画作品の代表作としては、教祖逮捕後のオウム真理教の信者たちの生活を、教団の中に入って撮影した「A」やその続編「A2」、また昨年公開された「FAKE」という作品は、ひと頃ワイドショーを中心に話題になった聾唖の作曲家、佐村河内守氏とその夫人の、騒動後の生活に密着したフィルムでした。題材は様々ですが、共通しているのは、マスメディアに大きく取り上げられた事件、事象、ないし個人に、そうして広く知られることとなった像や、一般的に形成されたイメージに、違った角度から光を当て、対象の事件・人物を捉える新たな視点を提供してくれること、そしてより深く、多面的にそれを考える機会を与えてくれること、だと思います。この本、「放送禁止歌」も元々はTVのノンフィクション番組として撮られたものを取材を加えて書籍化したもので、そうした著者の仕事の系譜に繋がるものと言えます。

タイトル「放送禁止歌」はそのまま、テレビ、ラジオといったメディアで放映・放送されることを禁止された楽曲のことです。具体例を挙げれば岡林信康「手紙」、フォーク・クルセイダーズイムジン河」、赤い鳥「竹田の子守唄」といった伝説のフォークソングを中心に、そうした曲が、いかにして表紙イメージにあるような「不認可」の印をおされ、我々の前から消され、「出会い」*1を制限されてしまうのか、アーティストや関係者へのインタビューを通して、そのメカニズムを丹念に追ったルポルタージュになっています。

今はインターネットがありますので、You Tubeなどでほとんどの楽曲を耳にすることが出来ます。今聴いてもそれぞれがアーティストのオリジナリティを感じさせる名曲ばかりで、当然同時代においては「伝説」の高みに置かれるよりも、より広く聴かれ、人々に受け止められるべき楽曲であったと思わせてくれます。そうした作品が大衆から遠ざけられてしまう不条理に著者はズバズバと切り込んでいくのですが、映画「A」や「FAKE」では、いったいどうやってオウムや佐村河内氏にこうまで密着して作品を撮ることができるんだといっそ神秘的なほどですが、そうしたドキュメンタリー作家としての手腕が、この作品では関係者に対する質問の切り込みの鋭さに生かされているのですから、刺激的なものにならないわけがありません。

その過程での筋道だった論理性とスリルもミステリマニア的にはたまらないところ*2ですが、この作品にはまた大きなどんでん返しが用意されていることも大きいです。識者関係者への聞き取り、状況整理を通じて、何か巨大で統括的な機関…言葉を替えれば「権力」が、都合の悪い表現を取り締まり、「検閲」してきたのではないかという仮説と、それに対抗しようというモチベーションは、本のある時点で引っくり返されることになります。そうして跳ね返された作家の視線がどこに向かうのか、映画のアナロジィで言えばカメラのレンズがどこに向けられるのか、この本の主題において本当に見事などんでん返しになっていて衝撃的ですし、一般に形成されたイメージと違った観点で対象を捉え直し、より深く多面的に考える視点を提供する、という、森達也という作家の本領が発揮されていると思います。我々から素晴らしい音楽との「出会い」を遠ざけたのが本当は誰だったのか。これはぜひ、本にあたっていただいて、皆様の目で確かめて、また考えていただきたい問題であると思います。

そしてもう一つ、この本には印象的な「出会い」の契機がありまして、それは作中、インタビューを受ける、アメリカ国籍のTVプロデューサー兼コメンテーター、デーブ・スペクター氏についてです。スペクター氏に対する一般的なイメージは、日曜朝のサンデージャポン中心にダジャレに執心の愉快なアメリカ人、といったものだと思いますが、この本の中で、日米メディアと社会問題の相違について氏から述べられるコメントは、日米両国のメディアでの経験に裏打ちされた深い知見と鋭い洞察に満ちていて、デーブ・スペクターという一般に流布したイメージを越えて、知的で誠実なメディア人としての人物像が描き出されています。
奪われた「出会い」について書かれた本の中に潜んだ素敵な「出会い」も、ぜひ堪能していただきたいと思います。端的に、凄くかっこいいので。

私から、この本の紹介は以上です。ご清聴、ありがとうございました。

テンパったあげく6人中4位という何のネタにもならない順位で企画を終えました。
…さて、初読時には随分とテンションを上げた記憶があり、また上でももっともらしいことを言っていますが、再読してみると、後半の主題である差別問題はそのとば口に立っただけという印象が強いし、デーブ・スペクターもそんなに大したこと言ってなかったw
しかしこうした問題を考える切り口としては、やはりこの上なく好適な本でしょう。誠実だし、ラディカルだと思います。
評価はB(再読)。

放送禁止歌 (知恵の森文庫)

放送禁止歌 (知恵の森文庫)

*1:補足…「出会い」というタームはこの企画のテーマ。

*2:補足…発表前にミステリマニアだという自己紹介をする機会があって。