森博嗣『冷たい密室と博士たち DOCTORS IN ISOLATED ROOM』講談社文庫

ネタバレ注意。
家庭内読書会「森博嗣完全読破」企画、第二回課題本。
『F』インパクトの後なので、どうしても地味な印象の作品だけど、こうやって再読すると、かなりエレガントで無駄のないロジック・ミステリですね。
シンプルな論理構築の一方で、市ノ瀬視点でのポストイットの伏線とかの大胆さにもニヤリと笑えてしまう。第五回課題本予定の作品にも見られるこういうあっけらかんとした大胆さ、好きです。
あとは、「動機」がフォーカスされてるのもなんか新鮮だった。

 世に起こる殺人事件のほとんどは、結局、顕在する動機に集約される、といって良い。他人の生命を奪うという強烈な欲求を、他の誰にも気がつかれないようにするということは、それ自体、殺人の行為よりも困難であろう。したがって、殺人犯の捜査は、必然的に、この道しるべを逆にたどる手順となる。
(212p)

個人的には森ミステリィと「動機」ってうまく結び付かなくて。『F』に端的なように、形而上的というか世俗を超越したというかそういう印象がある中で、こういう視点は新鮮だった。タイトル、特に英題の含意もここに集約されそうだし。
まあデビュー作がああいう作品だったので、二作目において世俗的…というか納得性の高い動機および事件の構図、あるいは作品としてのニュートラル性、という部分には意識的だったのかもしれないな*1。さらにこう続くし。

 捜査が最も困難なタイプは、人間の最低限の「生」からはほど遠い、非常に高次元の冷静な欲求が動機となって生じる犯罪だ。そこには、論理的な思考があり、それゆえ、その異常さが際立つことを差し引いても、である。
(212p)

今作に関しては、犯行に対するロジック・アプローチにもホワイダニットは大きく関与し、また説得力を付与してもいるので、本格ミステリとして正しく綺麗なフォルムをしていると思う。でもそういう「世俗的な動機」を滔々と語る犀川には、やはり違和感をおぼえもするのだけど。
評価はB+(再読)。

冷たい密室と博士たち (講談社文庫)

冷たい密室と博士たち (講談社文庫)

*1:まあ、執筆順では一作目なんだけどね。