高橋和巳『日本の悪霊』河出文庫

ネタバレ注意。
60年安保闘争下の京都を舞台に、帰還特攻兵である刑事・落合と、微罪で収監されながら、殺人を始めとした過去の犯罪を抱えた組織的革命運動家・村瀬の交錯を描く長編。
一流の知性が稠密な文体を自在に操る思想小説。エンタテインメント性は『邪宗門』に譲るが、非常にスリリングで面白かった。一人は帰還兵で、一人は革命家、二人の男の過去と現在が、そのまま戦後日本の若者の苦悩を描き出す、「苦悩教の教祖」という二つ名の所以が最もラディカルに顕れた作と感じる。

君にはまだ見えないだろう。愚昧が権力を握り、その愚昧をたおすためにその同じ愚昧さをみずからの仮面にし、やがてその仮面が肉にへばりついてはなれなくなったまま滅びたくやしき男たちの亡霊も。インテリゲンチャが政治に目覚めることは、この社会においては、永遠に脱ぐことのできない喪服を身にまとうことなのだ。犯罪者の喪服を――。
(34p)

彼は本能的に知っていたのだ。のしあがるためには知識と肩書が必要であることを。そして次には自己完成や解放や変革の観念をちょっと諦めればよかったのだ。事実、多くの青年たちにとっては、それは一種の教養的な雰囲気、利己的な努力を飾る内面の装飾にすぎず、大した哀惜の情もなく捨てうるものだ。しかし村瀬にはそれが出来なかった。なぜなら、変革や解放の観念が鏡となって、自分自身の精神の貧しさがはっきりと映ってしまったからだった。
(58-59p)

政治の時代の精神史として本質的だと思うし、そうして至る432pの自己理解と、自死すらも挫折が暗示される敗北の形は、マジに容赦なく描かれていて寒気すらおぼえる。圧倒される感覚と、深い感応が同時にやってくる、やはり規格外の作家です。
女たちの疎外の形もそれぞれに印象的だけど、こっちを深めるには高橋たか子でも読んでみようかしらん…。
評価はB+。

日本の悪霊 (河出文庫)

日本の悪霊 (河出文庫)