桜庭一樹『私の男』文春文庫

ネタバレ一応注意。
直木賞受賞作。
待望の文庫化、表紙は鈴木成一だけど、どう考えても親本のがいい。
さておき、さすがの蠱惑性、なかなかの筆力を感じさせる作品でした。
まず、文章というよりは人物の「描写」が巧いです。解説でも触れられてるけど、冒頭、「盗んだ傘」をガジェットに展開する淳悟の崩れた男性性、男の僕が読んでてもゾクゾクするものがあります。冒頭から惹き込まれました。
そこから物語は時系列を遡り、花と淳悟の邂逅へと至ります。この構成の巧さも特筆すべきところで、インセストという特殊な題材、関係性を辿って、確かに退廃的で、爛れた蠱毒を湛えながらなお、小説全体の印象、ひいてはその中心である「二人」は、より純粋で、孤高の場所へと向かっていくのです。そうした二人の関係性と、小説としての核心が露わになっていくメタレベルの過程が二重写しになって、興奮させられました。純文学でやったら見ていられない気がするんですよね、こういうの。『少女には向かない職業』あたりでもそうだったけど、こういうあらゆる共依存的な関係性って、桜庭一樹のようなサブカル的な感性の下に描かれた方がいいものになるのかもしれません。
かようにいい小説だとは思ったのですが、唯一淳悟の「お…」には納得がいきませんでした。喪われてしまったエディプス・コンプレックスなんてものをここに持ち出すのは、この小説から神秘性をもまた喪わせてしまうと思うのですが。僕個人的にはまったく必要ないと思いましたが、桜庭一樹という作家のジェンダ性がそれを描かせたのかもしれないと思うと、作家論・作品論として語り落とせない、興味深い要素であるのかもしれませんね。
…語れませんけどね。
評価はB。

私の男 (文春文庫)

私の男 (文春文庫)