カズオ・イシグロ/入江真佐子(訳)『わたしたちが孤児だったころ』ハヤカワepi文庫

ネタバレ注意。
大戦前夜の上海、両親の失踪で孤児となったイギリス人少年が、帰国して社交界で地位を占める「探偵」となり、両親の行方を捜す「探偵物語」。
カリカチュアされた「社交界」の様子、キーワードだけを提示して誘う「探偵」としての仕事の描写、どこか現実からふわりと遊離した浪漫性*1があって、事前の予想とは若干異なりながら、しかし心地いい読み心地の小説でした。
しかしそうやってすいすいと読み進めていくと、やがて「事件」の真相に接近するにつれて、思いもかけなかった苛烈や悲惨が現前し、しかしそれも小説としての大きなテーマ性を通じて、終結部に至っては心温まる安寧に包まれる、物語としての流れと起伏の美しい作品です。
作家自身の出自ともあいまって、「探偵」「孤児」というテーマ性を顕す要素の処理は非常に巧みです。

「(前略)探偵とはな! そんなものが何の役に立つ? 盗まれた宝石、遺産のために殺された貴族。世の中で相手にしなければならないのはそういうものだけだと思っているのかい? きみのお母さんは、きみに永遠に魔法がかけられた楽しい世界で生きてほしいと思っていた。しかし、そんなことは無理だ。結局、最後にはそんな世界は粉々に砕けてしまうんだ。(後略)」
(498p)

そんなつもりないんだろうけど、メタ/アンチミステリ言説としても読めるな。
あまりケチのつけようのない佳品だけど、若干物足りない*2のは、イメージやガジェットの魅力かしら。ディテールがもっと豊かであれば、もっと愛せる小説だったと思う。
まあ、好みの問題ではあるでしょうが。
評価はB−。

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

*1:思い出すのはやはりハルキ・ムラカミ。

*2:ハルキ・ムラカミあたりと比較して。