川端裕人『The S.O.U.P.』角川文庫

ネタバレ一応注意。
広く普及したオンライン・ゲームと、そこから派生したサイバー・テロを描く、エンタテインメントSF。でも「SF」という単語に付き纏う未来性のイメージを取り払い、同時代性に引き寄せて単に「エンタテインメント」と呼ぶのが一番いいのかも。近未来ですらない…むしろ過去だからね、この世界。
石田衣良の解説に曰く、

 ネットとそこに住む人々についての秘密を知りたければ、この本にはその核心が書いてある。小説はノンフィクションや技術資料とは違うのだ。ハッカーやクラッカーたちがどんなことをするかだけでなく、ひそかに抱いている恐れや欲望、心の底にあるあこがれまで書くことができる。僕はこの本は今でもネットに依存する多くの人々についての最良のレポートだと信じている。
(452p)

これに付け加えるべき言葉はそう多くない。これはまさに「そういう小説」だ。
ITに関する綿密なディテールと考証、MMORPGの世界構築のリアリティと魅力、そうした基礎部分の堅牢さが小説に安定感をもたらしている。堅牢なディテールの積み重ねが哲学的・観念的な展開に説得力をもたらす、実に正しい「SF」っぷりは、元科学畑の記者、ノンフィクション・ライタとしての面目躍如。その精緻な構築性でややスピード感が犠牲にされている感もあるが、キャラクタたちのヴィヴィッドな造形、提示される「新たな世界」のイメージのエッジ感も、やはりそれによって支持されている部分が大きい。野心的でありつつ、しっかり地に足のついた小説である。
こういうジャンルの小説のスタンダードとして、残っていくべき作品だと思う。石田衣良は嫉妬混じりかな、『アキハバラ@DEEP』は、志向の違いがあるとはいえ、完全に凌駕されているからね。
評価はB。

The S.O.U.P. (角川文庫)

The S.O.U.P. (角川文庫)