ネタバレ注意。
寡黙で人を寄せ付けないまま、30年前に亡くなった叔母の人生の謎を、長じて作家となった主人公が解き明かす、ヒューマン・ミステリ。
あらすじも読まずに、タイトルだけで「オトナの恋愛小説」的なイメージで読んでいたら、ある歴史的な事件を核とした、戦前から戦後に至る時代の青春模様の活写と人間ドラマがあって、あっという間に引き込まれました。ゾルゲ事件に尾崎秀実、また勉強したい対象が増えて嬉しい悲鳴。
思想と政治、社会に引き裂かれる人間たちのドラマは哀切だけど、その信念や愛情の真摯さ、美しさが胸を打つ。伊尾木藍子というヒロインは可愛らしさと悲哀の運命で忘れがたない存在だが、その人生の謎が主人公自身に降りかかってくるあたり、やや蛇足の気味がないではないかな、とも思う。でもそうして、ただスマートに完結しない不条理もまた、人間であり、それを描く小説なのかな、とも思う。
そうして至るラスト、藍子から中原への手紙はまさに出色のせつなさ。
あらたまつて云うのも何だけれど 貴方と知り合つてから わたしはほんたうに色々な事を教へられました。貴方を通して 人間といふもの全体が好きになりました。今のこの状況でもです。ですから何も後悔なんてしてゐません。強がりではないのよ。
(347p)
泣くわこんなん。
評価はB。
- 作者: 多島斗志之
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2006/01/25
- メディア: 文庫
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