村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』講談社文庫

ネタバレ注意。
「いるかホテル」再訪に始まるあれやこれや。
羊をめぐる冒険』は既読の春樹作品の中でもトップクラスに印象の良い作品で、同じようなファンタジックなエンタテインメント性を期待していたのですが、若干印象は異なり。あるいは『1Q84』にみたような深みあるいは爆笑ともに感じられず。
ただ、文章はとても上質なもので、登場人物たちも皆それぞれに魅力的で、そんな春樹作品としては当たり前すぎる「心地よさ」を、いろいろと降りかかる厄介事や不可思議状況の中にあっても感じ続けることができます。それは主人公のサヴァイヴと、それを描出する作者の筆、その両レヴェルでの「ダンス」の技巧の見事さと言えるでしょう。
そして客観的にこの小説の最もキャッチィなポイントはユキというキャラクタの魅力にあって。その後様々なメディアで粗製濫造された似たタイプのキャラク*1の雛形のようでもあって、今読むと新鮮さに欠けてしまうのは残念だけど、それでもユキ周辺の描写にはハイライトが多く。

「君にはわかってない」と僕は言った。「僕はたとえ何があろうと、仕事として君とつきあいたくない。個人的な友達としてつきあっていたい。君の結婚式で司会者に『こちらは新婦の十三歳のころに、新婦の職業的男性乳母をつとめておられました方です』なんて紹介されたくない。(中略)それよりは『この方は新婦十三歳の時のボーイフレンドでした』と紹介されたい。その方がずっとかっこいい」
「馬鹿みたい」とユキは赤くなって言った。「私、結婚式なんてあげないもの」
(下巻228-229p)

なんてのは最高に微笑むし(同時に最萌えかも)、別れのシーンはこの小説の紛れもないハイライトだと思う。

 彼女は十秒か十五秒僕の顔をみた。とくに表情らしい表情は浮かべていなかった。奇妙に表情のない子なのだ。目の輝き方と唇の形がすこしずつ変わるだけだ。唇は幾分すぼめられ、目は鋭く、生気を含んでいた。その目は僕に夏の光を思わせた。鋭く水中に差し込んで屈曲し輝いて散るあの夏の光。
(下巻355p)

ここだけはなぜかすごく力入った「ダンス」になってるけど、それでも凄く吸引力があって感動的な「キメ」になってるのがさすがだなあと思う。
あとはなんだろう、俺が「ゴルフ」というものに感じる違和感や不安感を説明してくれているのが感動的だった。俺も誘われたりしたら上巻399pあたり暗記して同じこと言おう。そのあとボソっと、「高度資本主義社会」って呟くんだ(←ダサい)。
評価はB。

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

*1:ナデシコ』のルリはズバリだろ。