樋口有介『木野塚探偵事務所だ』講談社文庫

ネタバレ一応注意。
警視庁(経理課)を勤め上げ、憧れの私立探偵事務所を開業。齢六十にしてフィリップ・マーロウリュウ・アーチャーの高みを目指す、木野塚佐平の冒険を描いたハードボイルド・コメディ。
これね、めっちゃよかったです。やっぱ巧いよ樋口有介
ハードボイルドをパロディ化した、キャラクタ小説としての魅力が卓越しています。純朴で夢見がち、愚痴の語り口だけがハードボイルド、しかし事件の肝心なところでは意外と人に取り入る巧みさを見せる木野塚佐平の愛すべきキャラクタ。老齢婦人を並べて、さすが巧みに書き分けながら、しかし小説全体を貫いて屹立する、明敏なる探偵助手(つーか探偵主体)、桃世嬢の圧倒的な魅力。そうした彼らのふれあいに心をあたためながらのラストでは、不覚にも落涙してしまいました。桃世嬢の台詞、破壊力ありすぎだし、あのシンプルな台詞にこれだけの力があるのは、決して長くない連作短編の中に、時に滑稽ながらも愛すべきひとたちを紡ぎ上げてきた、作家の造形力のなによりの顕現。
このシリーズって続編が出ているのですよね。蔵書を処分するために読んでるのに、むしろ新たに買っちゃいそうだわ…。
評価はA−。