伊坂幸太郎『モダンタイムス』講談社文庫

ネタバレ注意。
SEの主人公が浮気を疑う妻に拷問されながら、やがて国家と世界の秘密に対峙することになる、サスペンス・ミステリ長編。
久しぶりに伊坂幸太郎を読んだけど、五分に一回声出して笑えるぐらい、ユーモアに満ちて*1愉しかった。社会風刺や陰惨な悲劇を主題として抱えながら、見事にエンタテインメントしている…喜劇王の名作に名を借りる心意気を感じる作。
キャラクタではやはり佳代子の破壊的なファム・ファタルぶりが出色、散々暴れ尽くした後に、《「たとえばさ、妻を幸せにする、とかそういう力よ」》(下巻435p)とか言って泣かせにかかってくるのがズルい。
プロット・ストーリィに関しては、冗長に感じる部分がないではなくて、キャラクタ造形やユーモアの部分でリーダビリティ引っ張ってる印象が強く、あまり高い評価はできないけれど、不可抗力…と言うかクリティカルな小説が故の弱みも感じて。この小説で描かれたような集団的な欺瞞と巧妙な支配の構図なんてものが、作中想定された近未来であるこの現在に現出することはなく、ただただエゴイスティックな厚顔と開き直りを晒すのみの権力構造という、優れた作家にも予測し得なかった白痴的な状況が現代日本に広がっている、この寂寞としたやるせなさがその原因と言えば、作家に対して失礼に当たるだろうか。
評価はB。

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(下) (講談社文庫)

モダンタイムス(下) (講談社文庫)

*1:最大の爆笑は《「暴力業の人」》(上巻274p)。