日影丈吉『夕潮』創元推理文庫

ネタバレ一応注意。
伊豆諸島へ新婚旅行に出掛けた夫婦と、その縁戚にあたり、かつてその島で夫を亡くした閨秀歌人との交流、そして訪れる新たな死、という「島」ミステリ。
倒産直前の「幻影城」に前半だけ載って原稿紛失、後から出てきたコピィで創元から復刊、というドラマティックな出自も頷ける、なにか風格を備えた作品ではあります。
併録の短編や未完遺稿からも窺えるように、筆力は「本格」としてもあるいは「奇妙な味」としても、それぞれの雰囲気を伝える確かなもの。表題長編においては、クローズド・サークルの装置として以外の「島」、その風物描写には「滞在小説」とでも言うべき妙味があるし、ミステリとしてもそのプロットの中核を成す秘女という登場人物に、神秘性と説得力がしっかりと表現されていると思います。
ただ惜しむらくは、ストーリィの起伏、プロットのインパクトが作品の中でうまく伝わらないまま、まったりとなんとなく謎めいた雰囲気で進み、やがては終わってしまう、というそのスロウな感覚でしょうか。読み手の贅沢ではあるかもしれませんが。
評価はC。

夕潮 (創元推理文庫)

夕潮 (創元推理文庫)