長坂秀佳『浅草エノケン一座の嵐』角川文庫

ネタバレ注意。
『弟切草』でDランク獲得の前科があったこと、および乱歩賞受賞作というダブルパンチでまったく期待していなかったのですが、意外や意外、充実の力作でした。
もう一人の天才役者、「江の軒」一座の殺人事件に、昭和の喜劇王とその周辺の舞台人たちが巻き込まれて…というお話。
イキのいい独特の文体で、台詞・地の文含めてまくしたてるように描かれる、昭和の芸能史蘊蓄、大衆演劇や下町風俗の活写という「よみもの」としてのベースに、密室の衆人環視にレトロサイエンス、果ては動物トリックまで取り入れた本格としてのケレンもたっぷり。味付けに朔太郎の「死なない蛸」を使ったり、主要どころに「「新青年」の女性記者」を配するなどツボをついてくる小ネタも心憎いけれど、まずはそれぞれクセがありながらも愛着の持てるキャラクタを虚実取り混ぜて造形し、やがて反転して「主役」ともなる「被害者」たちのドラマが物語の中心として存在感を放ち、そしてそれから導かれて、「戦争」、あるいはその中でどのように表現活動をしていくか、という骨太な主題が立ち顕れる、見事な手腕。
乱歩賞史上では間違いなく屈指でしょう。傑作です。
評価はB+。

浅草エノケン一座の嵐 (角川文庫)

浅草エノケン一座の嵐 (角川文庫)