野沢尚『龍時 01-02』文春文庫

ネタバレ一応注意。
サッカー小説。この第一巻で主人公のリュウジは16歳。シーズンごとに一冊で進行していく予定だったのだろう。残念なことに作者急逝により頓挫してしまったけれど、もし実現していたらこうまで腰を据えて書かれた「サッカー小説」は史上初だっただろうから、惜しい気はする。
序盤、日本での展開はやや詰め込み過ぎの感はある。あとがきで、≪もし人生をやり直すことができるのだとしたら、十歳あたりまで巻き戻してサッカーを始めたい。≫なんて書いてるように、俺もよくやるそうした「夢想」が迸っているようで、なんだか気恥ずかしくもあったり。父親にサッカー仕込まれて、中学で出色の活躍、世代別代表に選ばれて…。一方で、家族のドラマも入れたいし、彼女も作ってあげたい、一回ぐらいセックスも…。そんな作者の「親心」は、微笑ましくもあるが序盤を確実に窮屈にしている。
でも、そんな「イッツ・ア・スモール・ワールド」(第一章題)を飛び出し、スペインに渡ってからは、この小説は純粋なサッカーの魅力を顕し始める。スペインの紀行興味にも魅力はあるけど、それは味付けと捉えていた方がいいのだろう。称揚されているほどには、圧倒的な描写力や臨場感があるとは思わないけど、サッカーのドラマとして、力感をもって胸を打つシーンがある。
まず、「シティオ」のメンバと初めて信頼を通わせるシーン。なんの伏線もなく、偶然のようにして成立した美しい連携で、疎外や軋轢が一瞬にして克服されてしまうという展開は、サッカーのスペクタクル、その「力」を雄弁に伝えている。そしてエミリオを「壊」し、動揺するリュウジに対するアントニオの激しいアフター・チャージ。これは問答無用の「いいシーン」だ。だけどそれぞれ、そのシーンだけで十分な説得力を持っているのに、後から「まず仲間を信じる」なんてテーゼが提出されたりとか、アントニオの意図が説明されたりとか、蛇足的に「語り過ぎ」の感があった。
だけどそれも、トゥーマッチなリュウジの「焦燥感」と併せて、作者の思い入れ、イレコミぶりを顕わしているようでもある。力は十分過ぎるほどに、入ってはいるよ。
残ってるあと二冊、じっくり読もうと思います。
評価はB。

龍時 01-02 文春文庫

龍時 01-02 文春文庫