松下竜一『ルイズ 父に貰いし名は』講談社文芸文庫

ネタバレ注意。
大杉栄伊藤野枝夫妻の四女・ルイズ(留意子、ルイ)の伝記ノンフィクション。父母へのコンプレックスと、「主義者の子」として舐める辛酸、その中で戦中戦後を強く生きた、現代日本女性の精神史。
まず、喫茶店で読んでて、嗚咽が止まらなくて困った。マジで顔を歪めて泣いてしまったよ…特に序盤、ルイズやエマが進学した女子高で、鋭敏な自意識を尖らせ、誹謗に傷つくあたり。両親を理不尽極まる暴虐により奪われた女の子が、なぜその後においてまで、愚かしい価値観や同調圧力によって、健全な青春を妨げられなければならないのか。ネトウヨの連中死にやがれ、と義憤と哀切に涙が止まりませんでした。当時ネットはありません。
義憤と言えば減刑嘆願を遺族に要請したって没義道厚顔無恥も最高にイラつくし、祖母・ウメさんの土下座の挿話もそれに類するものだけど、同時に彼女の明るさ、懐の深さは、作品に通底して、救いの光を照らしている。文盲である彼女の忍従の人生は、火の玉の娘・野枝の激動の生とは対極にある前近代の象徴であっても、それを一面的な否定に落とすことのない描出がされていて印象的だった。俺は実際、自分の田舎で、明るく、気働きを惜しむことのない女性たちを身近に幾人も数えることができて(そうじゃないのもたくさんいるけど)、そうした人々の象徴として、改めてのリスペクトにうたれました。でもネトウヨの連中に都合のいい理念型じゃねえからな、お前らは賞賛すんなよ。
そうして描かれるルイズと周辺の人々の、昭和史を反映して揺れ動く人生の機微も巻置く能わざる面白さだけど、その中で訪れるルイズの精神の自立も、やはり嗚咽が漏れるレベルで感動的だった。その前段階である、古本屋で大杉栄全集見つけて買い求めるシーンで既に若干泣いてたけど、精神的自立…あるいは解放の自覚はそれ自体、これといったトピック的事件の介在しない、リアルな生活実感と勤勉の中で獲得されたものであり、それがなおさら感動的である。火の玉の母・野枝の闘争とは趣が違うけれど、その娘である彼女もまた、女性の自立と解放を懸けて戦った闘士であり、またその闘争に見事に勝利したのだと自然に理解される、美しいシーンだった。
女性の強さ明るさにリスペクトフルな作品、男どもは大杉と、辛うじて副島社長以外はダメ人間ばっかり出てきて肩身が狭いけど、男性である著者が、ルイズをして「顔を見るのも嫌」と言わしめた執拗な取材の果てに、この温かなリスペクトと清潔なシンパシィに満ちた傑作をものしてくれたこと、それに俺自身これ以上なくシンクロして胸を打たれたことを救いとしたいと思います。
評価はA。

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)