多岐川恭『氷柱』創元推理文庫

ネタバレ注意。
隠者の暮らしを営む主人公の男が、偶然知り合った女のために仇敵を討つ表題作は、独特の昏い影を湛えて、雰囲気のあるミステリでした。197pあたりのセンチな描写では、空の色で喚起される記憶とか、《音楽の一節のような抽象的なものになっていて》なんてのもリリカルで、なかなかに味わい深い好編でありました。アリバイトリックはかなり無理筋で、むしろない方がいいんじゃないかってぐらいのものだけど、デビュー作らしいし、本格魂を是とすべきかな。
併録「おやじに捧げる葬送曲」は、病床の元刑事「おやじ」に対する視点人物の独白体、という特徴的な叙述スタイル。そのスタイルから最初に想像されるようなプロットがそのまま真相だったりするし、いろいろ詰め込んで混乱してるような気もするしで、長編に向いた挑戦ではなかったような気がするけど、独特のヒューマンな味があって、好感度は決して低くない小説です。
作家の筆のバラエティと、一本通った筋を感じられる二作品でした。
評価はB−。

氷柱(つらら) (創元推理文庫)

氷柱(つらら) (創元推理文庫)