村上春樹『1Q84 BOOK3』新潮社

ネタバレ注意。
「BOOK1」「BOOK2」の感想はこちら
長編小説として、三冊通して見た場合の『1Q84』については、それに付け加えるべきことはあまりありません。「BOOK3」に関してだけ述べるとするなら、もし仮に『1Q84』という物語がここで終わりになるなら、正直に言って蛇足だと思う。もし「BOOK4」にまで至って、「リトル・ピープル」「空気さなぎ」「マザとドウタ」についてより深い表現が示されるのであれば、「BOOK3」、こんなに素敵な繋ぎはないよね、という、つまりはそういう本。
物語はよりシンプルになって、互いを捜し、求めあう天吾と青豆、それを監視する牛河、そしてエネーチケーの集金人。村上春樹という人が個人的にNHKというシステムをどう捉えているか知らないけど(好意的でないであろうことだけは確かだが)、でもコレを読んで受信料を払いたくなる人はいないだろうし、「居留守」が一種のトレンドになるかもしれないw 俺も「居留守」演じて楽しんでみようかと思ったけど、生憎と自動引き落としになっていました。
二つの月、リトル・ピープル、空気さなぎ。示唆的・暗示的なファクタは神秘的に浮遊したままで落ち着きどころがないが、それらに対するものも含めて、登場人物たちのクリアでクレバー、そしてたまにユーモラスな思考叙述を辿っていくだけで、非常に心地いい高揚感をもたらしてくれる、やはり超一級の小説作品だとは思います。
瑣末事を二、三。前回引用しまくったシモネタについては今回は抑えめだったけど、要所要所やはりとても愉しかった。たとえば246-247p、《完璧な勃起》にまつわる辺り、そしてそこに宿った説得力の確かさときたら!!
あと太田先生の描写ね。

(前略)いつ作られたのかは見当もつかないが、いずれにせよそれが作られたときから既に流行遅れだったのではないかとおぼしきウールのスーツには、防虫剤の匂いが微かに漂っていた。色はピンクだが、どこかで間違った色を混ぜ込まれたような、不思議なピンクだった。おそらくは品の良い落ち着いた色調が求められていたのだろうが、意図が果たせぬまま、そのピンクは気後れと韜晦とあきらめの中に重く沈みこんでいた。
(202-203p)

同じピンクのスーツでも、『世界の終わり〜』に出てきた女の子と、こうまで違うものかとw しかも牛河ならともかく、そんな悪しざまに言うほどのキャラでもねーのに。
…そのぐらいにして、まあともかくこの本は結局、天吾と青豆です。ようやく果たされたボーイ・ミーツ・ガール・アゲイン、そのロマンに捧げられた小説だと、僕はそう読みました。そう読めてしまうということが物足りなくもあるのですが(まどろっこしいな。でもリーダーとの対話シーンなんか読んじゃうとどうしてもさ)、でも、まあ、単純に、よかったよね、すごく。

「話さなくてはならないことがいくつもあるんだけど」と青豆はずいぶんたってから言う。「そこに着くまでにすべてを説明することはできないと思う。それほどの時間はないから。でももしどんなに時間があってもすべてを説明することなんてできないかもしれない」
 天吾は短く首を振る。無理に説明をする必要はない。これから先、時間をかけて二人でひとつひとつ空白を埋めていけばいい――もしそこに埋めなくてはならない空白があるのなら。しかし今の天吾には、それが二人によって共有されるものであるなら、置き去りにされた空白や解かれることのない謎にさえ、慈しみに近い悦びを見出せそうな気がする。
(575p)

…でも、「BOOK4」でぜひ、埋めて、解いてほしいと思った。
評価はB+。

1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3