川上弘美『センセイの鞄』文春文庫

ネタバレ一応注意。
言わずと知れた有名作品。川上弘美読むなら、やっぱコレからかな、と。
なんというか、「恬淡」というか「飄然」というか、どちらもなんか一味違うのだけど、とにかく独特の風情を湛えた作品であるし、描かれるツキコさんとセンセイの交情の機微、その味わいにおいても、筆力には疑いのないものがある。ラストの余韻も素晴らしいと思って泣いた。
ただ…俺はコレを読むのに十年早いのかな、という気もしたりして。二人の「機微」を「機微」として、つまり心理描写・小説技巧の卓越としてしか捉えられなかった。一番心を動かされたのが、小島孝という脇のキャラである事実。この人はせつないし、分かる。でもメインの二人には、いまいちついていけないんだよなあ…。
そもそも感情移入を拒否するような書き方をしているようにも思うし、あと十年経って分かる…せつなく胸を締め付けられるようになるものなのだろうかという疑問もあるけど、でもとにかく、その頃にもっかい読みたいなあと、そんな稀有な感覚を喚起される小説ではありました。
特に好きなシーンは、ツキコさんが流しで独りで林檎食うとこ。≪いそがしくした。≫(93p)って一文はなかなか書けないと思う。
あとはセンセイが鮑食うシーンだな。もの食うシーンばっかw

 わさびを少しつけて、センセイはあわびを醤油にひたした。ゆっくりと嚙む。嚙んでいる口もとが、歳のいった人のものである。わたしもあわびを嚙んだ。おそらくわたしの口もとは、まだ若い者のそれだろう。わたしの口もとも、歳のいった人のようになればいいのに。その瞬間強く思った。
(193p)

いや、いいシーンだねコレ。
あとはスミエさんの造形が出色。この人主役で長編が読みたいと思った。
評価はB。

センセイの鞄 (文春文庫)

センセイの鞄 (文春文庫)