綾辻行人『深泥丘奇談』メディアファクトリー

ネタバレ注意。
連作怪談集。またこの女…咲谷由伊さんが出ていらっしゃるのです。そうこなくっちゃ。
恐怖に伴う独特の、すっとぼけたような風合は「ホラー」という名づけには遠く、「怪談噺」あるいは「奇妙な味」とでも言った方が近い気がする。「音」や「忘却」という反復されるモチーフの落ち着きどころが定まっていない感じはしたが、オリジナルな文章のリズムと湿度、病院や(架空)京都という町の舞台効果…端的に「風情」もあって、心地よい恐怖世界が描かれています。「長びく雨」「悪霊憑き」といったプロットにヒネリを効かせたものより、奇想炸裂「丘の向こう」、生理的嫌悪のリミッタ解除「サムザムシ」といった、感覚的・イメージ的表現が肌に合った。
帯には「奇才」とあって、この作家で育っている俺にはスタンダードそのものであり、言葉にそぐわない感じがしたのだが、言われてみればこの作家の「節」は非常に独特ではある。

 私は動きを止め、目をこすった。
 ……ああ、あれは。
 ただの染みや汚れではない。白いクロスが薄茶色に変色したうえ、その部分が何やら奇妙な形に盛り上がっているのである。――あれは。あの形は。
(「顔」12p)

なじむッ! なじむぞッ! お前の文章は実に(略)
…ともかくこの部分なんて、何気ない文章だけど冒頭から「節」効かせまくってるもんなー。これが感覚表現に寄与する影響は間違いなく大きいわけで、やはり「奇才」でいいのかもしれない。
あと祖父江慎の装丁(つーか造本)が凄まじかった。でも普通の装丁にしたら300円ほど値段下がる気がしたけどな。
評価はB。

深泥丘奇談 (幽BOOKS)

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