森絵都『風に舞いあがるビニールシート』文春文庫

ネタバレ一応注意。
短編集。直木賞とってます。
小説家として、基本性能の高さは国内作家で最も信頼していると言っても過言ではありません。この作品集も素晴らしかったです。以下に各話感想を。
「器を探して」:傍若無人な天才パティシエの秘書である主人公が、クリスマスイブに恋人を置き去りにして、スイーツを飾るべき「器」を捜し求めるお話。「仕事か僕かどっちか選んで」的に超絶のウザさを見せる恋人の男の造形(ボートのくだり最高)、あられもないラストの展開。「女」の強かさが、でも爽やかに写し取られた好編。
「犬の散歩」:動物愛護のボランティアのため、スナックでバイトする主婦の話。題材からして非常に湿っぽいのに、「家族」や「客」との心温まる交感は、しかし心地いい「乾き」の中にある。こうじゃなきゃ読めない。この作家の最大の美徳だと思う。
「守護神」:大学の夜間部、伝説の「レポート代筆職人」に対峙する主人公。この作品、非常に好きです。舞台設定と、都市(つか校内)伝説的な道具立てに惹かれるし、突如として展開を変えてアツい青春小説へと突き進む、その意外性も素晴らしい。愛すべき作品です。
「鐘の音」:これまたガラリと趣を変え、仏像修復師の妄執を描く耽美的な作品。のっけから自由自在の比喩表現が、作品集の中では硬質の文体で炸裂する。個人的には文章に魅せられる作品でした。
「ジェネレーションX」:車中小説。取引先の若手社員と共に、クレーム処理に赴く主人公。その車中、助手席でのケータイでの会話に眉を顰めつつ、だがやがてそれに引き込まれていく。力の入った表題作の前で、どうしても「クッション」的な捉え方になってしまいそうな小品だが、会話中心に描かれる物語はとても生き生きとしていて、心が浮き立つ。ラストにもニヤリ。この作品集、ちょっとサービス過剰と思えるほどにラストが考えられていて、信頼はますます深くなるばかりです。
風に舞いあがるビニールシート」:巻末に置かれた表題作。これははっきりと圧巻。とてもいとおしくて、とても哀切で、でもとても力強い小説だと思った。読んでる間、いろんな感情で常に目が潤んでたよ。21世紀の世界情勢に、なんらかのテーマ性を自覚した作家はいくらもいただろう。その中で一体誰が、国連難民高等弁務官事務所を舞台に書こうとしただろうか。誰がこの世界を、それこその最前線において、こんなにも真正面から、絶望の中に一粒の希望を浚う真摯さで描き得ただろうか。俺はこんなブログにおいてさえ、この小説が透徹と湛える主題に言葉を飲み込んでしまうのに、それを小説として表現してしまう作家の覚悟。ただ圧倒されるだけだった。里佳子とエドが迎える「最後の朝」。あらゆる小説のうちで、最も美しいシーンだと思う。
評価はA。

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)