奥泉光『モーダルな事象』文春文庫

ネタバレ注意。
文庫落ち待ってましたっ。
いかにも奥泉光らしい、総合エンタテインメント小説。無名の童話作家の未発表原稿を発端に、戦時中の秘密実験、アトランティス伝説、タイムスリップにお得意の「宇宙オルガン」と、物語のスケールは夢幻のうちに無限に拡大する。本格(あるいはアンチ)ミステリ、幻想小説、ホラー、SF、多彩なジャンルにおけるリーダビリティを、縦横無尽にクロスオーヴァさせる奥泉節が大炸裂。
「文学者」の名にふさわしく格調高く、改行の極端に少ない濃密さながらも読み易い文章、毒のキいたユーモア、紀行興味と、ストーリーテリング以外にも読みどころは盛りだくさん。作家の万能性と、なによりの好ましい稚気がたっぷり楽しめる良作である。
最後に一コ引用。

(前略)けれどもさらに感心させられたのは本の帯である。
「まわりを気にせず思いきり泣いてください!」
 たしかに新城は泣ける点を強調していたけれど、これはまたずいぶんと直截に出たものである。新城の指摘した「泣ける」と「ヌケる」の生理上の相同性を思い起こせば、これはたちまち「まわりを気にせず思いきりヌイてください」という一文に生成変化し、この惹句の含意する真のえげつなさが摑まれた気さえした。
(143p)

…この一節見ただけで、この作品を覆うユーモアの上質さと、現代文学シーンに対するクリティカルな批評性が見て取れるだろうw
実際笑ったわ。
評価はB+。