ネタバレ注意。
これはね、とてもいい小説です。
流麗で美しい文章と、鮮烈なキャラクタ造型で読ませる。主人公が陥る倒錯した「恋」の情景が、読者である自分に、布美子が感じる幸福そのものとして強いインパクトを与えます。カラミのシーンこそ少ないのだけど、主要キャラ三人の間で交わされる情愛は、震えるような官能に満ちていて、こういう小説をこそ、「官能小説」と呼ぶべきではと思いました。
1970年代初頭という舞台設定、布美子の死の床という「語り」の状況設定が物語にほのかなせつなさを添え、それ自体では平凡な「秘密」、そして昼メロ的な幻想の幸福、その欺瞞性を間男の口を借りて徹底的に暴露、そしてカタストロフィにおいて破壊した後、ラストシーンではそれを平凡なあたたかさを以って肯定するダイナミズム、端的に言えば翻弄っぷりも見事なものです。読んだ後に溜息をついてしまうような小説は久しぶりでした。もちろん売るつもりで読んだのだけど、そっと本棚に戻しましたとさ。
いい文章を一つ引用。
「こんな話は嫌い?」
「いえ、全然。どうしてですか」
「なんだか固くなってるように見えるからさ」
「別に固くなんか、なってません」
それどころか、私はリラックスしていた。天井まである大きな窓ガラスの向こうには、やわらかく降りしきる雨が見えた。部屋は暖かく落ち着いていて、居心地がよかった。ちらばっているがらくた類の一つ一つに、懐かしい思い出があるような錯覚すら覚えた。そのことを信太郎に伝えたいと思ったのだが、うまくいかなかった。
(90-91p)
本としての欠点は、まったくどうしようもない解説ぐらいのものだ。
評価はA。
- 作者: 小池真理子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1999/04/01
- メディア: 文庫
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