島田雅彦『彼岸先生』新潮文庫

ネタバレ一応注意。
現代版『こころ』だそうな。確かに先生先生言うてはる。
その原典(という言い方は正しくない気がするが)は高校の教科書の抄録を読んだだけなので、詳しい対照はできかねますが、とりあえずいかにも島田雅彦らしい「軽み」と「可笑しみ」があって、それはとても楽しかった。

 姉はこの質問に答える代わりにビデオカセットを指差し、「何を借りてきたの?」とたずねた。『ベン・ハー』と『黒い瞳』の二本立てでその日の残りを過ごすつもりだった。『ベン・ハー』を見るのはもう十回目くらいだ。ぼくはチャールトン・ヘストン多摩川を筏で下ってゆく夢を見たことがある。
(30p)

だけどそんな中にも同時に確かな「哀しみ」があって、そういう部分が「ブンガク」なんだろうなあ、と、そんな曖昧で意味をなさない感想しか出てこないのがなんだか口惜しくもあるけれど。

二人のあいだの空気にはまだムラがあった。彼女はぼくが吸っていない空気を選んで吸い、ぼくは彼女の呼吸の邪魔にならないように二人のあいだにある空気はなるべく吸うまいとしていた。だんだん息苦しくなるのは目に見えていたので、早く二人の息がともににんにく臭くなればいいと思った。
(73p)

恋愛というのは自分と他人の組み合せから奇妙なものを作る作業なんだ。自分と似た者と馴れ合うことじゃない。恋する者は互いに他人同士じゃなきゃいけないんだ。
(114p)

吹き出すような一節にしろ文学的価値を感じさせる一文にせよ、なんだか唐突でその出し方の方が面白かったりしたよ。
あとニューヨークのシーンで「月宮酒家」がまた出てきて笑いました。よっぽどコロンビア大学周辺じゃ有名なのですね、ムーン・パレス。
評価はB−。

彼岸先生 (新潮文庫)

彼岸先生 (新潮文庫)

うーん、装画が金子國義じゃねーんだよな。残念。