村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』新潮文庫

ネタバレ注意。
1Q84』が個人的に超弩級の傑作だったので、上巻だけ持っててとっておきにしていたこちら、慌てて下巻を買って読んでしまいました。「最高傑作」「一番好き」という世評はよく目にしていたので、期待は否が応にも天井知らずだったのでしたが。
「世界の終わり」に漂う静謐の空気や品良くファンタジックな浪慢性、「ハードボイルド・ワンダーランド」が担う「軽み」や活劇的高揚感も充分に楽しめたし、キャラクタの魅力や文章のキレやクリティカルな比喩やイメージの美しさ、そんなものはもはや当たり前の話であって暇どころか挙げる意味すらないし、世界の「完結性」とか、『1Q84』における宗教に一脈相通ずるテーマと見える、脳や意識の可塑性、操作可能性に関する議論も興味深く読みました。
ただ…うん、非常に魅力的な小説だとは思うけれども、全体のインパクト・感興においては『1Q84』に及ばないように感じました。ファンタジィ要素、寓話性は、「楽しめた」とは言っておきながら僕の嗜好とはややズレていたかもしれません。主題やテーマを取り出して、『1Q84』の時みたいに長くは語れない、このレビューの在り様がなにより雄弁なのかもしれませんが。
頁を折っていた部分は相変わらずシモネタばっかりだったのだけど(なんかさ、絶妙に愉しいんだよねw)、二作続けてそんなとこばっかり引用しててもしゃーないので、断トツに感動的な部分をメモ引用しておきます。長いけど。

 そのとき何かがかすかに僕の心を打った。ひとつの和音がまるで何かを求めているように、ふと僕の心の中に残った。僕は目を開けてそのコードをもう一度おさえてみた。そして右手でそのコードにあった音を探してみた。長い時間をかけて、僕はそのコードにあった最初の四音をみつけだすことができた。その四つの音はまるでやわらかな太陽の光のように、空からゆっくりと僕の心の中に舞い下りてきた。その四つの音は僕を求め、僕はその四つの音を求めていた。
 (中略)
 それは唄だった。完全な唄ではないが、唄の最初の一節だった。僕はその三つのコードと十二音を何度も何度も繰り返してみた。それは僕がよく知っているはずの唄だった。
『ダニー・ボーイ』
 僕は目を閉じて、そのつづきを弾いた。題名を思いだすと、あとのメロディーとコードは自然に僕の指先から流れでてきた。僕はその曲を何度も何度も弾いてみた。メロディーが心にしみわたり、体の隅々から固くこわばった力が抜けていくのがはっきりと感じられた。久しぶりに唄を耳にすると、僕の体がどれほど心の底でそれを求めていたかということをひしひしと感じとることができた。僕はあまりにも長いあいだ唄を失っていたので、それに対する飢えさえをも感じとることができなくなってしまっていたのだ。音楽は長い冬が凍りつかせてしまった僕の筋肉と心をほぐし、僕の目にあたたかいなつかしい光を与えてくれた。
(下巻、286-287p)

評価はB。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)