ドストエフスキー/原卓也(訳)『カラマーゾフの兄弟』新潮文庫

ネタバレ注意。
家庭内読書会「古典的名作を読もう」企画、第18回課題本。
大部であります。これまでの課題本の中でも最重量級。
内容も負けず劣らずの重量級でありまして。ロシアのある一族とその周辺の愛憎劇、様々な修羅場と愁嘆場において展開される、哲学と神学と倫理学。その圧倒的な密度とパワーに晒されながら、理解もおぼつかないままに、それでもなおこの巨匠の思想は十全に展開されてはいないのではないかと、そんな底知れなさを感じさせる、未知の読書体験でありました。
でも、この作品の最後、イリューシャの埋葬に際して、アリョーシャが子どもたちに語りかける言葉は、人間の醜悪と卑小、それによって引き起こされる悲喜劇の滑稽を、過剰なバイタリティで暴き立てた大部の最後にあって、しかしそれに抗し得る、人間の根源的な善性や肯定性、少なくともその可能性という、仄かではあっても確かにあたたかい灯をともしているかのようで、なんだか感動的でした。

いいですか、これからの人生にとって、何かすばらしい思い出、それも特に子供のころ、親の家にいるころに作られたすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つないのです。(中略)そういう思い出をたくさん集めて人生を作り上げるなら、その人はその後一生、救われるでしょう。そして、たった一つしかすばらしい思い出が心に残らなかったとしても、それがいつの日か僕たちの救いに役立ちうるのです。
(下巻652-653p)

これが何より、《淫蕩な狒々爺で、下劣きわまる道化役者》(上巻77p)*1と息子から蔑まれ*2、《アレクセイ、わかっといてもらいたいね。なぜって俺は最後まで淫蕩にひたって生きつづけたいからさ》(上巻424p)などとのたまって恥じ入るところのない下種を父に持つ、当のアレクセイの台詞だってのが感動的だよねw
大文字の文学、しかもとてつもないスケールの、ですが、エンタテインメントとしての面白さも担保されています。ミステリとしても、あるは法廷小説としてもそうですが、俺は正直スラップスティック的な面白さに惹かれるところが大きくて。上記のフョードルの台詞も爆笑したけど、白眉はやはりホフラコワ夫人。ドミートリイとのディスコミュニケーションにおいては、笑いながらもこの作品中唯一、ミーチャへの同情に胸を痛めましたw
評価はB。

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

*1:これはドミートリイの台詞。

*2:しかもそれに対するリアクションが《「決闘だ!」》w