沢木冬吾『償いの椅子』角川文庫

ネタバレ一応注意。
新潮ミステリー倶楽部賞かなんかのデビュー作を読んだ記憶はあるのですが、内容を一切憶えていません。なので結構フラットな気持ちで臨んだのでしたが、思い出してきた、確かあれも子供ネタだった気がする…。
で、アクション・ハードボイルドです。それにも関らず主人公がハンディキャップ持ち、というのが新奇性でしょうか。惜しげもなく、しかも派手に人が死にまくるし、演出面でのスペクタクルはあったように思います。角川だし、映像化に色気が出たというところでしょうか。
しかしそれは後半以降表に出てくる部分で、前半は湿って苦いファミリー・ドラマが物語の中心。そこでの梢や充の視点が、主人公・能見の造形に多く寄与しているとはいえ、後半部との絡みは弱いし、分量バランスとしても崩れている。文章は歯切れよく…というか改行多用で、視点変更も目まぐるしく、飽きさせない配慮はされていると思いますが(作者が飽きないためかもしれんけど)、無駄な要素・無駄な視点人物が多すぎるのではないかと思われ、うまくハードボイルドなロマンティシズムの世界に連れて行ってはくれませんでした。
ハードボイルド気取りにしては一か所、どうしても許せないところがあった。長く消息を絶っていた主人公が、昔の恋人に会うシーンね。そもそもその設定が寒いけど…この女その後一切出てこないしw

 能見は体を折り、結子の唇に軽くキスをした。結子は能見の表情を窺い、意味を探り当てた。
「今のは……さよならって意味みたいね」
 能見は結子の頭から手を放した。結子はすっと立ち上がった。
「あなたのこと、忘れたほうがいい?」
「……自分で決めてくれ」
「忘れてくれって言われたほうが、どれだけ楽だと思う?」
「だったら……忘れないでくれ」
(170p)

…カッコ悪。こういう無様なセリフを言うのがカッコ良いと思ってるあたりが最高に。
評価はC。

償いの椅子 (角川文庫)

償いの椅子 (角川文庫)