いしいしんじ『東京夜話』新潮文庫

ネタバレ一応注意。
『とーきょーいしいあるき』の改題文庫版。東京の様々な町を舞台にした、連作奇想短編集。メルヘンもエッセィめいた擬私小説もあるが、各編にこの天才作家のイメージが炸裂。前衛性も表面化していて、長編のメルヘンでは奥に隠したこの作家の戦闘性が近くに見れる作品集だと思います。
特に超絶だと思ったのは二編。
まずは築地、「クロマグロとシロザケ」。タイトルの通りクロマグロとシロザケの恋物語という素っ頓狂な話なのですが、ラストシーンのグロテスクさと、共存するロマンティシズム、寂寞感、ユーモア、シュールさ、すべてが綯い交ぜになった圧倒的な美しさは、読後呆然としてしまいます。凄い。
続いて新宿ゴールデン街、「天使はジェット気流に乗って」。こっちはダッチワイフとの交流を描いたまたまた素っ頓狂な話ですが、

そこまで言うと、彼女はへたりとぼくの腕に垂れ下がった。朝陽がビニールを照らした。彼女が言ったように、空気が光を浴びてうねって見えた。それは普通に考えれば、本当は塵や埃なのだ。光っているのは空気じゃない。けれど、今、朝の光を感じてうねっているのは、彼女かもしれない。ぼくにはそんな気がした。彼女は、ついさっき、きっと空気に溶けたのだ。ぼくはしばらく、朝の底から空を見上げていた。
(282p)

ハタから見たら破れたダッチワイフ抱えて立ち尽くしてる情景を、なんて美しい描写にするんだと。
あと良かったのは「老将軍のオセロゲーム」。神保町を舞台にしてるだけあって、本に関するいい文章があった。

本は違った世界への扉を開く、と小学校で国語の教師が口酸っぱく言っていた。たしかにその通りだ、とぼくは思った。そのかわり、表紙をめくると背後でもうひとつの扉が閉まる。本は「外」の世界を一時的にしろ滅ぼしてしまう。
古本は、それぞれ一冊がいろんな世界を滅ぼしてきた。兵器としての年季が、そこらの新刊本とは違うのだ。もはや「なにかのため」に書かれる実用書などは、兵器として用をなさない。それは「外」の存続に奉仕するものだからだ。もちろん、「外」の世界を滅ぼすに足る力をもった新刊本だってたくさんある。しかし新刊書店は「なにかのため」の本にあらかた占拠されてしまって、兵器としての本は隅に追いやられている。そういう意味で、古本屋はその空間そのものが世界を滅ぼす兵器だと言っていいかもしれない。
(62-63p)

引用してたらキリがないので、この辺にしておきましょう。
作品の評価はA。

東京夜話 (新潮文庫)

東京夜話 (新潮文庫)